ブログ - 佐藤の思うこと

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「人間万事塞翁が馬」   高い人格と物事の受け取り方

2026.01.29

先日、高い人格とはどんなものか?について思ったことを勝手に書かせていただきました。

 

これについてはいろいろなご意見があるかもしれません。

 

私が好きな言葉に、

 

「人間万事塞翁が馬」(にんげんばんじさいおうがうま)

があります。

人格の高い人、と考えると、私はこの逸話に出てくる「塞翁」(さいおう)という老人を思い出します。

 

 

「塞翁が馬」とは何か

中国の古い書物『淮南子』に登場する寓話です。
国境近くに住む“塞翁”という老人の馬が逃げてしまう。
周りは「不幸だ」と嘆くが、老人は「幸か不幸かは分からない」と言う。
すると後日、逃げた馬が立派な馬を連れて帰ってくる。
周りは「幸運だ」と喜ぶが、老人はまた「幸か不幸かは分からない」と言う。
その後、老人の息子がその馬に乗って落馬し骨折。
周りは「不幸だ」と嘆くが、老人はまた同じ言葉を返す。
やがて戦争が起こり、若者が徴兵されて多くが命を落とす中、
息子は怪我のおかげで徴兵を免れた。
何が幸で何が不幸かは、長い目で見ないと分からない。
これが「塞翁が馬」のストーリーです。

 

1. 塞翁が馬は「人格の成熟」を描いた物語
塞翁は、馬が逃げても、馬が戻っても、息子が怪我しても、
ただ静かにこう言います。
「これが幸か不幸かは、まだ分からない」
この姿勢は、まさにブログでご紹介した
「高い人格」そのもののような気がするのです。

• 感情に飲み込まれない
• 目先の出来事に振り回されない
• 事実を事実として受け止める
• 未来の可能性を閉ざさない
• 状況に応じて柔軟に意味づけを変えられる

塞翁は、
「出来事に反応する人」ではなく、
「出来事を受け入れる人」でした。
これは、人格が磨かれた人の特徴と一致します。

 

2. 人格は“結果”ではなく“態度”で磨かれる
ブログでは、人格を磨くためのポイントとして
「反応ではなく受容」「感情の扱い方」「視野の広さ」(つくる、つながる、もちこたえる)などと書きましたが、
塞翁の物語は、その実例です。
● 馬が逃げたとき
普通なら「最悪だ」と反応する。
しかし塞翁は、受け入れながら
“判断を保留する”という選択をした。
● 馬が戻ったとき
普通なら「最高だ」と喜ぶ。
しかし塞翁は、受け入れながら
“浮かれない”という選択をした。
● 息子が怪我したとき
普通なら「不幸だ」と嘆く。
しかし塞翁は、受け入れながら
“長期視点で見る”という選択をした。
この「受容と選択の積み重ね」が、
人格を磨くということ。

 

3. 塞翁が馬が教えてくれる“人格の磨き方”
ブログの内容と合わせて整理すると、
塞翁の生き方のヒントは次の3つにある気がします。
① 判断を急がない
「良い・悪い」を即断しないことで、
心に余白が生まれる。
これは人格の成熟に欠かせない力。
② 出来事を素材として扱う
「なぜ自分が」ではなく、
「この出来事をどう活かすか」と考える。
③ 長期視点で人生を見る
今日の不幸が、明日の幸運につながることは多い。
逆もまた然り。
視野の広さは、人格の高さのイメージにも繋がります。

 

4. 日常に置き換えると
私は調和・受容・知識を知恵に昇華する姿勢が大切だと思っているのですが、
塞翁の精神は、その姿勢をさらに強くしてくれます。

• 顧客対応のトラブル → 信頼を深める素材
• 社員の停滞 → 育成ロードマップを見直す機会
• 家族の予定変更 → 思わぬ“宝時間”の誕生
• 健康の不調 → 生活を整えるサイン
どんな出来事も、
**人格を磨くための“磨き石”**になる。

 

5. 今日から使える「塞翁マインド」
ブログの流れを引き継ぎつつ、
塞翁の精神を一言で表すなら、この問いです。
「この出来事は、未来のどんな幸せにつながるのだろう」
この問いを持つだけで、
人格は静かに、しかし確実に磨かれていくのではないでしょうか。

 

日々の中では様々な事が起こります、良い心で過ごそうと思っても、

特にビジネスをしていれば、それが出来ないようなトラブルが次々と発生します。

そして、そのような課題は、自分のレベルが上がるほど、難題になってきます。

新たな難題は、どれだけ経験を積んでも、精神的にも肉体的にもハードなものです。

 

そんな時こそ、「塞翁が馬」を思い返し、

「この出来事は、未来のどんな幸せにつながっているのだろう」と考え、

新たな道を探り(つくる)、周りの人と協力し(つながる)、短気を起こさずに穏やかにすごす(もちこたえる)。

 

その繰り返しが、塞翁のような人格に近づく道なのかな?と思います。

 

もしや塞翁は、ただボーっとしているだけのおじいさんだったのでは?と思ったこともありますが、

それはそれで、愛すべき人物ですよね(笑)

 

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