「想う」という時間
2025.03.04
最近、「想う」ということをよく考えます。
想うとは、自分が思う、というよりも、誰かのことを想うということではないでしょうか。
東日本大震災やコロナの頃には「絆」や「繋がり」という言葉が多く使われましたが、
スマホ全盛期の現代では、デジタルの強制的な「繋がり」から逃れることがむずかしく、見たり聞いたりすることはあっても、
「想う」時間が少ないなあ、と思うのです。
誰かを想うとき、意識はフワフワと相手に飛んでいく感じがして、
その時は、自分の事をちょっと忘れていたりします。
ツラい事、大変な事、気になる事、痛いところ(笑)は、いつもあるけれど、そんなことも一瞬忘れていたりします。
そして、そういう時は、相手も自分の事を考えてくれているような、温かい気持ちになります。
私は最近、お客様のお名前一覧を眺めるようにしています。
そうすると、あの方はお元気かな?とか、以前、腰が痛いと言われていたけど、良くなったかな?、新しいお車でスキーに行っているころかな?、新しい家の住みごごちはどうかな?
そんな風に、お客様の笑顔が浮かびます。それが、とても楽しく、幸せを感じられる時間です。
偶然、そういう方から連絡を頂いたりすると、「デジタルでは測れない繋がりってあるのかも」と感じます。
心が自由になる気がします。
ちょっとスマホを置いて、誰かを想う時間も
大切にしていきたいですね。
佐藤